夜明けの雪の田に立つ蔵元

蔵元の想い

ごあいさつ

八代目の藤野惣一と申します。蔵を継いだのは令和三年、四十二歳のときでした。それまでは県外で酒販の仕事をしており、売り場の側から日本酒を見ていました。棚に並ぶ酒の多くは、香りが強く、開けた瞬間がいちばん華やかで、三日目には物足りなくなる。よく売れる酒がそういう酒であることも分かっていました。それでも私は、四合瓶を一週間かけて飲みきるような酒を造る蔵でありたいと思っています。目立たない代わりに、飽きない。うちの酒はそういう性質です。

雪に覆われた木造の蔵が並ぶ谷の朝

家訓「待つことも、仕事」

蔵に代々伝わる言葉です。雪が解けて水になり、その水が地層をくぐって湧き出るまでに、この土地では数十年かかると言われています。私たちが今日仕込みに使っている水は、私が生まれるより前に降った雪です。そう思うと、造りを一日早めることに大した意味はないと分かります。麹が仕上がるまで待つ、醪が落ち着くまで待つ、火入れした酒が馴染むまで待つ。手を掛けないことと待つことは違います。待つあいだ、蔵人はずっと見ています。

雪の積もった中庭の井戸と、汲み上げたばかりの水

変えないもの、変えていくもの

変えないのは、仕込み水と、麹蓋による製麹と、槽で搾ることの三つです。この三つを外すと、うちの酒でなくなると考えています。逆に、それ以外は必要なら変えます。温度と比重の記録は全タンクでデジタル管理に切り替えましたし、酵母も蔵付きにこだわらず、その年の米に合うものを選んでいます。伝統を守るという言葉は、しばしば何もしない理由に使われます。私は、守るために変えるほうを選びます。

酒袋を積んだ木の槽から、搾った酒が滴る

田と、雪と、この谷で

契約農家の六軒は、いずれも蔵から歩いていける距離にあります。田植えと稲刈りには蔵人も入りますし、夏には全員で草を取ります。米の出来はその年の天候で決まり、私たちにできるのは、届いた米に合わせて造りを組み直すことだけです。冬に二メートルの雪が積もり、春にそれが水になり、秋に米が実る。この谷の一年が、そのまま蔵の一年です。酒を通してこの土地の時間を届けられればと思っています。

稲を掛けて干す秋の田と山