一つの椀に、半年
汁椀が一つ仕上がるまでに、工房ではおよそ六十から八十の手が入ります。塗りの工程だけで二十を超え、乾燥を待つ時間を含めると半年から一年。産地によっては百二十を超える工程を数えるところもあり、この数字は工房ごとに数え方が違います。大切なのは工程の数そのものではなく、どこにも省かれた層がないことです。

一 木地を挽く
乾いた木を轆轤に据え、回しながら鉋を当てて形を出します。この工房は木地師の家から始まっているため、いまも自分たちで挽いています。椀の内側は薄く、縁と高台は厚く。指が触れる場所の丸みを、削りながら決めていきます。外側に等間隔の細い筋を入れる加飾挽きは、轆轤が止まる前に一息で入れなければならず、この谷の木地師が長く受け継いできた仕事です。

二 下地をつくる
挽いた木地にまず生漆を吸わせ、木の目を締めます。次に縁と高台へ麻布を貼り、その上に珪藻土の粉と漆を練った下地を、粗いものから細かいものへと順に重ねます。一層塗るごとに乾かし、砥石で研いで平らにする。この繰り返しが下地の工程で、器の寿命はほぼここで決まります。表に出ない仕事にいちばん時間がかかります。

三 塗り重ねる
下地が仕上がると、中塗りに移ります。漆を刷毛で置き、湿度を保った漆風呂に入れて乾かし、研いで、また塗る。漆は乾燥ではなく、湿気を含んで硬化する塗料です。冬場は風呂の湿度を上げ、夏は逆に抑える。最後の上塗りは、刷毛の跡をそのまま残す花塗りと、塗ったあと炭で研いで鏡のように磨き上げる呂色の二通りがあり、器の用途によって選びます。
四 絵を置く
加飾には主に三つの技法を使います。蒔絵は、漆で図を描き、乾ききる前に金粉や銀粉を蒔いて定着させるもの。沈金は、刃物で表面を彫り、彫った溝に漆を差して金箔を埋め込むもの。螺鈿は、光を放つ貝を薄く削って貼り込むものです。図案は工房で描き起こし、器の形と、その器が置かれる食卓を想像しながら位置を決めます。派手さより、料理を盛ったときに消えない程度の主張を探します。


五 検める
仕上がった器は、窓際の自然光と、夜の灯りの下と、二度見ます。光の色が変わると、塗りのわずかな波や粉のむらが出てくるためです。ここで通らなかった器は工房に戻し、研ぎ直します。一つの椀に半年かけて、最後の数分で戻すこともあります。
